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東京地方裁判所 平成6年(特わ)1361号 判決

本店所在地

東京都武蔵野市吉祥寺南町四丁目四番一三号

ヒューマン株式会社

(代表者代表取締役 鈴木長四郎)

本籍

東京都目黒区五本木三丁目二七番

住居

同都国立市東三丁目八番地の三五

会社役員

鈴木長四郎

昭和一六年三月九日生

主文

被告人ヒューマン株式会社を罰金八〇〇〇万円に、被告人鈴木長四郎を懲役二年に処する。

被告人鈴木長四郎に対し、この裁判が確定した日から三年間刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人ヒューマン株式会社(以下「被告会社」という)は、東京都武蔵野市吉祥寺南町四丁目四番一三号(平成五年六月八日以前は同市吉祥寺本町一丁目三五番一四号)に本店を置き、コンピュータゲーム機のソフトウェアの開発、製造及び販売等を目的とする資本金四〇〇〇万円(平成四年五月一二日以前は一〇〇〇万円)の株式会社であり、被告人鈴木長四郎(以下「被告人」という)は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していた。被告人は、被告会社の業務に関し、その法人税を免れようと考え、外注加工費を架空計上ないし繰上げ計上するなどの方法により所得を隠して、

第一  平成二年一〇月一日から平成三年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が三億五一〇八万五五七六円であった(別紙1修正損益計算書及び修正製造原価報告書参照)のに、同年一一月二七日、同市吉祥寺本町三丁目二七番一号の所轄の武蔵野税務署において、税務署長に対し、その所得金額が九三八七万五三二六円で、これに対する法人税額が三三九五万六七〇〇円であるという虚偽の内容の法人税確定申告書を提出した。そして、そのまま法定の納期限を経過させた結果、この事業年度における正規の法人税額一億三〇四一万〇五〇〇円と申告税額との差額九六四五万三八〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れた。

第二  平成三年一〇月一日から平成四年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際の所得金額が九億八四一七万七二九七円であった(別紙3修正損益計算書及び修正製造原価報告書参照)のに、同年一一月二七日、武蔵野税務署において、税務署長に対し、その所得金額が四億一三二二万五九三四円で、これに対する法人税額が一億五三五九万四四〇〇円であるという虚偽の内容の法人税確定申告書を提出した。そして、そのまま法定の納期限を経過させた結果、この事業年度における正規の法人税額三億六七七〇万一四〇〇円と申告税額との差額二億一四一〇万七〇〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れた。

(証拠)

(注)括弧内の算用数字は、押収番号を除き、証拠等関係カード検察官請求分の請求番号を示す。

全事実について

1  被告人の

〈1〉  公判供述

〈2〉  検察官調書七通

2  喜多二郎、佐々木健、新岡利幸、仲村良廣、伊藤鋼一、林徹、茂呂秀雄、藤沢正泰、肱岡理恵及び小池文夫の検察官調書

3  大蔵事務官作成の外注加工費調査書、消耗備品調査書、広告宣伝費調査書、荷造運賃調査書、減価償却費調査書、事業税認定損調査書

4  検察事務官作成の電話聴取書

5  登記官作成の商業登記簿謄本

第一の事実について

6  篠田光一郎の検察官調書

7  大蔵事務官作成の業務援助費調査書、販売手数料調査書、雑収入調査書

8  法人税確定申告書一袋(平成六年押第一五〇九号の1)

第二の事実について

9  片岡昭維の検察官調書

10  大蔵事務官作成の賞与調査書、退職金調査書、受取利息調査書、繰延資産償却調査書、損金の額に算入した利子割調査書、雑損失調査書

11  法人税確定申告書一袋(同号の2)

(争点に対する判断)

一  判示第二の事実(平成四年九月期におけるほ脱の事実)に関し、検察官は、平成三年九月期において繰上げ計上とされた被告会社の株式会社ノイエクリエイション(以下「ノイエ」という)に対する外注加工費三二〇〇万円及びこれに対する消費税額九六万円(以下「本件外注加工費等」という)は、平成五年九月期以降に計上されるべきであると主張するのに対し、弁護人は、本件外注加工費等は、平成四年九月期に計上されるべきであり、これに伴い、同事業年度の実際所得金額は、公訴事実から三二九六万円減額されるべきであると主張する。

二  右の点に関しては、前掲の各証拠によれば、以下の事実が認められ、概ね当事者間にも争いがない。

1  右の外注加工費三二〇〇万円は、被告会社とノイエとのゲーム・ソフト「武蔵」の開発契約に基づき、ノイエが開発して被告会社に納品した右ソフトの開発費用である。右ソフトは、家庭用が平成四年一月末ころ、業務用が同年五月ころ納品された。この種のゲーム・ソフトは、ロムの基板の形で納品され、製品化される場合には、メガドライブ等として外注生産されたうえ、販売されている。右の外注加工費は、平成三年一一月六日から平成四年一月三〇日までの間に、前後三回にわたりノイエに支払われた。

2  「武蔵」は、主としてアメリカ向けに輸出することを目的として開発されたソフトであり、被告会社において納品後国内及びアメリカにおいて営業活動を行ったが、販売の目処が立たないまま商品化を断念した(断念した時期については、後に判断を示す)。このため、右ソフトの製品は全く販売されなかった。

3  被告人は、平成三年一〇月ころ、同年九月期の被告会社の確定申告に際し、ノイエの代表取締役佐々木健に依頼して、本件外注加工費等について、日付を遡らせた請求書等を作成させ、右の費用を同事業年度の経費として繰上げ計上した。

4  被告会社は、平成四年九月期末の決算期及びその後の決算期において、本件外注加工費等を棚卸資産として計上する経理処理を行っていない。

三  被告会社において外部業者に委託したゲーム・ソフトの企画・開発費用に関する経理処理について、被告会社の経理担当者である肱岡理恵の検察官調書によれば、被告会社においては顧問税理士の指導により費用収益対応の原則に従った処理をしていたこと、すなわち、ある商品の売上げを計上する以前にその商品を製造するために支払った費用は、現実に支払いを行なった時点では一旦「前渡金」として振替伝票を起票しておき、その後、その商品の売上げを計上した時点で、「前渡金」として処理してあったものを「外注加工費」に振り替え、売上げの計上と同時に経費を計上していたこと、ゲーム・ソフトの開発に失敗したり、商品化を断念した場合には、各担当者から商品化を断念したことの連絡を受けた時点で、支払済みの費用は、「前渡金」として処理してあったものを「外注加工費」に振り替え、経費として計上していたことが認められる。ところで、被告人の公判供述等によれば、一般に、被告会社においてゲーム・ソフトの商品化を断念するということは、機関決定されるわけではなく、主として営業担当者が事実上決定するに過ぎず、その時期は必ずしも明確でないことが認められる。そして、通常の場合、肱岡が検察官調書でいう各担当者から商品化を断念したことの連絡を受けた時点が、被告会社において事実上商品化を断念したことになるとみるべきである。本件の「武蔵」においては、担当者から肱岡にその商品化を断念したとの連絡があったことは、証拠上認められないのであるが、事実上商品化が断念された時点で本件外注加工費を経費に計上すべきであったと解するべきである。

この点について、被告人の平成五年六月一六日付け質問てん末書(乙10)には、被告会社においては、右取調べの時点でなお「武蔵」をアメリカで販売する予定であったとの供述がある一方、被告人の平成六年六月五日付け検察官調書(乙3)には、「武蔵」は平成四年二月ころに開発が終了し、同年秋ころまで各問屋に売り込んだり、アメリカにサンプルを送ってアメリカで販売しようと努力していたが、結局、同年暮れころ販売することをほぼ諦めたとの供述がある。検察官は、右の質問てん末書の供述を根拠に、被告会社が平成五年六月一六日の時点でなお「武蔵」の商品化を断念していなかったと主張する。しかし、ゲーム・ソフトは、流行に左右される程度が著しく、ライフ・サイクルの短い商品であることは公知の事実であるから、「武蔵」の納品後一年以上経過した右の時点でなお販売する予定があったというのは、いかにも常識に反するのであって、右の質問てん末書の供述は信用できないというべきである。これに対し、同年暮れころに販売を断念したとの検察官調書の供述は、一般にゲーム・ソフトのライフ・サイクルが短いとしても、「武蔵」が三二〇〇万円もの開発費を投じたゲーム・ソフトであり、アメリカでの営業活動に力を入れていたことを考慮すれば、必ずしも不自然な供述ではなく、被告人が公判廷で同旨の供述をしていることからしても、信用性を否定すべき理由はない。確かに、被告人は、各ゲーム・ソフトの開発に直接関与していたわけではないことから、その開発時期等に関する記憶が定かであるとはいえず、現に右調書における「武蔵」の納品時期に関する供述は、佐々木健の検察官調書に照らすと正確でないといわざるをえない。しかし、被告人は、前記二3のとおり、平成三年九月期の被告会社の確定申告に際し、ノイエの佐々木に依頼して、「武蔵」の外注加工費等について、日付を遡らせた請求書等を作成させ、右の費用を同事業年度の経費として繰上げ計上していたのであるから、「武蔵」の商品化ないしその断念についてもある程度の関心を有していたとみるのが合理的である。したがって、平成四年暮れころに「武蔵」の販売を断念したとの被告人の検察官調書の供述は、充分信用しうるというべきである。

弁護人は、平成四年九月末日までには、被告会社において「武蔵」の商品化を断念したと主張し、その根拠として、ゲーム・ソフトのライフ・サイクルが短いという一般論と本件発覚後の被告会社の同年九月期の修正申告に際して国税局から本件外注加工費等を資産として計上するよう指導を受けなかったということをあげるが、これらの事情は、前記の認定を覆すに足りるものではない。したがって、弁護人の主張には理由がない。

四  結局、被告会社においては、平成四年末に「武蔵」の商品化が事実上断念され、右の時点で「武蔵」の売上げが零であることが確定したというべきであるから、本件外注加工費等は、被告会社の採用する収益費用対応の原則からしても、平成五年九月期の事業年度の損金として計上すべきである。したがって、判示第二の事実については、公訴事実記載のとおり所得額を認定するのが相当である。

(法令の適用)

罰条

被告会社について いずれも法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項(情状による)

被告人について いずれも同法一五九条一項

刑種の選択

被告人について いずれも懲役刑

併合罪の処理 刑法四五条前段

被告会社について 刑法四八条二項(各罪の罰金額を合算)

被告人について 刑法四七条本文、一〇条(犯情の重い第二の罪の刑に加重)

刑の執行猶予

被告人について 刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、被告人が代表者を務めゲーム・ソフトの開発、製造及び販売等を営む被告会社が、二年度にわたり合計三億円もの法人税を脱税したという事案である。

脱税は、今日単に国家財政を脅かすだけでなく、国民の基本的義務に違反し、多数の善良な納税者を欺く反社会的行為として、強く非難されるべき犯罪である。本件の脱税額の総額は、前記のとおり誠に多額であり、ほ脱率も平均六二・三パーセントと高率である。本件犯行の動機は、専ら被告会社の恒常的な資金不足を解消し、将来の業績悪化に備えて簿外資金を蓄えるためであるが、特に同情すべき点があるとはいえない。本件犯行の態様は、予め被告人が知人や関連会社の代表者に依頼して架空若しくは日付を遡らせた請求書を発行させるなどして、外注加工費を架空計上ないし繰上げ計上を行ったというものであり、なりふり構わぬ悪質なものである。このように、本件は重大であり、被告人に対し実刑をもって臨むことも考えられる事案である。

他方、被告会社は、既に本税、重加算税、延滞税の相当部分を納付しており、未納分についても、遠からず完納を期待できる状況にある。また、被告会社においては、本件をきっかけに、従来の経理処理体制を改めるなど、同じ過ちを繰り返さないための対策を講じている。更に、被告人は、捜査及び公判を通じて、犯行自体は認めており、反省の情も認められる。被告人は、前科前歴もなく、これまで被告会社の創業者として、その業績拡大と発展に尽力してきたものである。

以上の事情等を考慮し、被告人に対しては今回に限り刑の執行を猶予し、被告会社に対しては主文の罰金刑を科するのが相当であると判断した。

(出席した検察官加藤昭、弁護人市東譲吉、同矢野千秋)

(裁判官 朝山芳史)

別紙1-1 修正損益計算書

別紙1-2 修正製造原価報告書

別紙2 脱税額計算書

別紙3-1 修正損益計算書

別紙3-2 修正製造原価報告書

別紙4 脱税額計算書

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